遺伝性腫瘍・家族性腫瘍|いでんせいしゅよう・かぞくせいしゅよう

1.遺伝性腫瘍の原因

遺伝性腫瘍のほとんどは、がん抑制遺伝子の生まれつきの異常(変異といいます)が原因です。がん抑制遺伝子は、体の細胞ががんになるのを防ぐ(抑制する)働きを持っています。がん抑制遺伝子も他の種類の遺伝子と同じく、一個一個の細胞に、父親由来のものと母親由来のものとが、合わせて2個ずつ入っています。これは、自転車のブレーキが前輪と後輪に合わせて2個あるようなもので、一般の人は、ちゃんと働く2個のブレーキを持って人生がスタートしています。ある細胞で、たまたま2つあるブレーキの片方が壊れても、もう1つのブレーキがきちんと機能していれば、その細胞はがんになりません。しかし残りのブレーキも壊れてしまうと、細胞はがん化に向けて暴走してしまいます。これが一般の人ががんになる仕組みの1つのタイプです。
ところが遺伝性腫瘍の患者さんの場合、生まれつき、体中の細胞のそれぞれが持つ2個のがん抑制遺伝子のうち、片方に変異があります。ブレーキ1個だけで人生をスタートしているので、一般の人よりもがんになりやすいのです。

 

2.遺伝性腫瘍の遺伝形式

このような仕組みで発生する遺伝性腫瘍は、家系の中でどのように遺伝するのでしょうか? 下の図では、細胞あたりのがん抑制遺伝子の変異の数を色で示しています。
左側の「普通のがん」の場合、がん細胞では2つのがん抑制遺伝子とも変異を起こしています(赤)が、それ以外の体の細胞に、がん抑制遺伝子の変異はありません(白)。それに対して、右の遺伝性腫瘍の家系では、一番上のお祖母さん(Aさん)の体の全身の細胞に含まれている、2個のがん抑制遺伝子の片方(1個)に、変異があります(オレンジ色)。Aさんはがんを発症していますが、そのがんの細胞では、左側の普通のがんの場合と同じく、がん抑制遺伝子は2個とも変異を起こしています(赤)BAさんは、自分が持っている変異のあるがん抑制遺伝子と、変異のないがん抑制遺伝子のどちらかを次の世代に受け渡しますから、1/2の確率で子どもたちに遺伝します。これを「常染色体優性遺伝」といいます。遺伝性腫瘍のほとんどは、この遺伝形式を示します。

変異があるがん抑制遺伝子を受け継いだか、あるいは変異がない、正常なほうを受け継いだかは、外から見てもわかりません。図で、Bさんは、Aさんから変異のあるほうのがん抑制遺伝子を受け継いでいますが、まだ、がんはできていません。このような状態を、未発症保因者といいます。

なお、大腸がんや胃がんなど、一般の人にもよく起きるがんの場合には、図のCさんのように、遺伝性腫瘍の遺伝を受け継いでいないのに、Aさんと同じく、がんができることもあります。したがって、がんのあり・なしだけでは、家系の中で、がんの遺伝を受け継いでいるかどうかは区別がつかない場合があります。

 

3.主な遺伝性腫瘍症候群

主な遺伝性腫瘍の例を表に示しました。

主な遺伝性腫瘍の例

主な腫瘍 遺伝性腫瘍の病名 その他にできやすいがんの例
大腸がん 遺伝性非ポリポーシX大腸がん(HNPCC) 子宮体がん、卵巣がん、胃がん、小腸がん、卵巣がん、腎盂・尿管がん
家族性大腸ポリポーシス
(家族性大腸腺腫症)
胃がん、十二指腸がん、デスモイド腫瘍
乳がん 遺伝性乳がん・卵巣がん症候群 前立腺がん、膵がん
骨軟部肉腫 リー・フラウメニ症候群 乳がん、急性白血病、脳腫瘍、副腎皮質腫瘍
皮膚がん 遺伝性黒色腫 膵がん
泌尿器がん ウィルムス腫瘍(腎芽腫)
遺伝性乳頭状腎細胞がん
脳腫瘍 フォン・ヒッペル-リンドウ症候群 網膜血管腫、小脳・延髄・脊髄の血管芽腫、腎・膵・肝・副腎等の嚢胞・腫瘍
眼のがん 網膜芽細胞腫 骨肉腫、肉腫
内分泌系(ホルモンを作る臓器)の腫瘍 多発性内分泌腫瘍症(MEN)1型 下垂体・膵ランゲルハンス島・副甲状腺腫瘍または過形成
多発性内分泌腫瘍症(MEN)2型 甲状腺髄様がん、副甲状腺腫、褐色細胞腫

 

異なる臓器に同時にできるがんを重複がんといいますが、遺伝性腫瘍では、重複がんがしばしば見られます。例えば、大腸外科で治療を受けながら、婦人科で子宮がんや卵巣がんの検診も受けたほうが良いということになります。

表の遺伝性腫瘍のいくつかについてもう少し説明します。

1)遺伝性非ポリポーシス大腸がん(hereditary non-polyposis colorectal cancer、HNPCC)
HNPCCで発生するがんは、一見、普通のがんと変わりません。しかし、次のような条件が揃う場合、HNPCCが疑われます。名前が「大腸がん」ですが、大腸以外にもがんができやすいことにご注意下さい。
家系内に少なくとも3名のHNPCCに関連したがん(大腸がん、子宮体がん、小腸がん、尿管あるいは腎盂(う)のがん)が認められる(日本人では胃がんを含めるべきという意見もある)。
そのうちの1名は、他の2名に対して第一度近親者(親、子、兄弟)である。
少なくとも、2世代にわたって発症している。
少なくとも、1名は50歳未満で診断されている。
しかし、この「診断基準」を満たさなければHNPCCではないということではありません。ご注意下さい。逆に、これらの条件を満たせば確実にHNPCCであるともいえません。特に、少子化・核家族化が進むわが国では、「家族歴に基づく基準」が不明確になりつつあります。若くして発生した大腸がんや、HNPCC関連がんが多発・重複して発生している場合などは、HNPCCも疑う必要があるでしょう。原因遺伝子としては、hMSH2やhMLH1等の遺伝子が見つかっています。

2)家族性大腸ポリポーシス(家族性大腸腺腫症)
HNPCCと並んで遺伝性大腸がんの代表ですが、出生約17000人に1人、全大腸がんの1%以下と、HNPCCよりもまれです。通常、若年から大腸全域に100個以上のポリープ(腺腫)を発見した場合、家族性大腸ポリポーシスと診断されますが、特にわが国においては内視鏡検査の普及に伴い、ポリープが沢山見つかる症例が増えており、軽症型の家族性大腸ポリポーシスなのか、そうでないのか、迷うことも少なくありません。家族性大腸ポリポーシスの場合、多発するポリープの一部は、放置するといずれはがん化すると考えられますので、予防的に大腸全摘術が行われます。大腸以外の病変も多彩で、1)上部消化管(胃や十二指腸など)のポリープ・がん、2)デスモイド腫瘍*、3)甲状腺乳頭がん、4)骨や歯の異常、5)網膜の色素変性、などが起きます。原因遺伝子として、APC遺伝子というがん抑制遺伝子が見つかっています。
*デスモイド腫瘍:線維(せんい)性の軟部腫瘍で、転移はしない「良性」のこぶのような腫瘍ですが、全身どこにでもできて、大きくなったり再発したりすることがあります。たとえば家族性大腸ポリポーシスの手術をきっかけに、お腹の中にデスモイド腫瘍ができる場合があり、内臓や血管、神経などを圧迫してさまざまな症状を出すことがあります。

3)遺伝性乳がん・卵巣がん
家族性乳がんの診断基準としては以下の条件が考えられています。
(A) 第一度近親者(親、兄弟姉妹、子)に、本人を含めて3人以上の乳がん患者がいる。
(B) あるいは、第一度近親者に本人を含めて2人以上の乳がん患者がおり、いずれかの乳がんが次のいずれかを満たす場合:
1) 40歳未満の若年性乳がん

2) 両側の乳がん(同時でも、時間をおいてでも含まれる)

3) 他臓器にもがん(同時でも、時間をおいてでも含まれる)
このような条件を満たす家族性乳がんは、全乳がんの5~10%で、その多くは遺伝的素因で発症する遺伝性乳がんであると考えられています。原因遺伝子としては現在、BRCA1、BRCA2が知られています。これらBRCA遺伝子の変異の保因者では、卵巣がんになるリスクも高く、男性では乳がんのほか、前立腺がんになるリスクも高いといわれています。乳がんに加えて、これらのがんの検診も重要です。米国ではBRCA1/BRCA2の遺伝子検査が普及しており、変異の保因者に対しては、薬による予防や、乳腺や卵巣・卵管の予防的切除が行われる場合もあります。

4)リーフラウメニ症候群
がん抑制遺伝子としておそらく最も有名なp53遺伝子の変異による遺伝性腫瘍で、肉腫、副腎皮質腫瘍、脳腫瘍、白血病、乳がんなど、多くの臓器にがんが多発するほか、胃がん、大腸がん、肺がんの頻度も高いといわれています。放射線による発がん感受性も、亢進(こうしん)していると考えられています。がんの約1/4は18歳前に発症し、変異の保因者の約半数は、30歳までにがんが発症するといわれています。

5)網膜芽細胞腫
およそ出生15000-20000人あたりに1人発生するがんで、子どもの網膜(眼球の内側の壁)にできます。約1/3を占める両眼性症例のすべてと、残り約2/3の片眼性の症例の約10%程度が遺伝性といわれています。原因は、がん抑制遺伝子としては初めて同定されたRB遺伝子の変異です。遺伝性の症例の場合、網膜芽細胞腫そのものは、ほとんどが5歳頃までに発生しますが、その後、二次がんと呼ばれる骨や筋肉の肉腫など、網膜芽細胞腫以外のがんが発生することもあります。診断や治療については、眼科の項をご覧下さい。早く発見し、治療を始めることで視力や眼球を温存できる可能性が高くなりますので、遺伝性が疑われる場合、出生後、できるだけ早く眼底の検査を始めることが大切です。それに加えて、その家系における原因となるRB遺伝子の変異が同定できていれば、臍帯血(さいたいけつ)などの遺伝子検査で保因者かどうかがわかります。

6)多発性内分泌腫瘍症(MEN)1型
内分泌臓器(ホルモンを作る臓器)のうち、膵(すい)臓ランゲルハンス島や下垂体のがん、副甲状腺過形成などを伴う遺伝性腫瘍です。それぞれのホルモンが過剰に作られることによる、さまざまな検査値の異常や症状が出ますが、ホルモンを作らない症状のがんの場合もあります。原因遺伝子として、がん抑制遺伝子MEN1が同定されています。

7)多発性内分泌腫瘍症(MEN)2型
複数の内分泌臓器のがんを伴う疾患のうち、甲状腺髄様がん、副甲状腺過形成、副腎髄質の褐色細胞腫などを合併する遺伝性腫瘍です。原因は、他のほとんどの遺伝性腫瘍と異なり、発がん遺伝子の働き過ぎによるがん化で、変異を起こす原因遺伝子はRETという名前のがん遺伝子です。しかも、変異が遺伝子の特定の箇所に集中している(ホットスポットといいます)ことが知られており、遺伝子検査の精度(感度と特異度)が高いとされています。したがって、遺伝子検査を受けて、予防的に甲状腺の手術(全摘)を行うことも可能となってきました。

 

4.遺伝相談(遺伝カウンセリング)

遺伝性腫瘍が疑われる場合、それをどのように調べるか、遺伝子検査は受けるべきか否か、検査は何のために受けるのか、検査はどのくらいの性能(発見率・正確さ)なのか、検査結果をどう解釈すればよいのか、検査の結果は誰にどのような影響を及ぼすのか、子どもや家族の検査はどうするべきか、いつ検査したらよいのか、手遅れにならずにがんを見つけるにはどうしたらよいか、どんな予防法があるのか、などなど、多くの医学的な問題があります。さらに加えて、家族関係、結婚、出産、就職、保険などについても難しい悩みが出てくることも少なくありません。これらの問題をきちんと整理・理解し、そのうえで自分でさまざまな決定を下すためには、遺伝相談(遺伝カウンセリング)の専門家に相談することが勧められます。2003年8月に出された遺伝医学関連10学会による遺伝学的検査に関するガイドライン(http://www.jsgc.jp/geneguide.html)では、遺伝カウンセリングという用語を以下のように解説しています。

「遺伝カウンセリング:遺伝性疾患の患者・家族またはその可能性のある人(クライエント)に対して、生活設計上の選択を自らの意思で決定し行動できるよう臨床遺伝学的診断を行い、遺伝医学的判断に基づき遺伝予後などの適切な情報を提供し、支援する医療行為である。遺伝カウンセリングにおいてはクライエントと遺伝カウンセリング担当者との良好な信頼関係に基づき、さまざまなコミュニケーションが行われ、この過程で心理的精神的援助がなされる。遺伝カウンセリングは決して一方的な遺伝医学的情報提供だけではないことに留意すべきである。」
わが国の遺伝相談実施施設については、たとえば「いでんネット」(http://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/idennet/)などのサイトに情報があります。

 

5.サポートグループ

遺伝性腫瘍の患者や家族の会(サポートグループ)は、医療機関からは必ずしも得られないような、たいへん貴重な情報交換や交流、相互支援の機会を提供してくれます。遺伝性腫瘍に特化したサポートグループとしては、たとえば次のようなものがあります。
家族性大腸ポリポーシス
>>ハーモニーライフ
>>ハーモニーライン

網膜芽細胞腫
>>すくすく

 

がん情報サービス

http://ganjoho.jp/